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東京地方裁判所 昭和31年(行モ)2号 決定

申立人 赤井電機株式会社 外一名

相手方 通商産業大臣

右申立人等は、当裁判所に相手方が申立外日本電気株式会社及び東京通信工業株式会社の出願により昭和三十年二月九日為した特許第一三六九九七号特許権の存続期間の五年の延長を許可した処分の無効確認の訴(当庁昭和三十一年(行)第一五号事件)を提起した上右許可処分の申立人等に対する効力の停止を申立てた。

その理由の要旨は、申立人赤井は昭和二十五年十月二十一日出願人となり、申立会社技術部員大津光一の創意に基く「予め磁気飽和状態に置いた被録音体に対してこの被録音体を磁気飽和せしむるに十分な値を有する高周波バイアス磁化力と録音すべき信号電流による磁化力とを作用させて録音を行う磁気録音方式」の発明につき特許の出願を為し(特許願昭和二十五年第一三六三五号)、特許庁の審査の結果、出願拒絶の理由なきものとして昭和三十年三月二十三日出願公告が為されるに至つた。しかるに東京通信工業株式会社はその使用人浜崎俊雄をして右発明は既に国内に於て頒布せられた刊行物(米国特許第一八八六六一六号明細書及び図面)に容易に実施し得る程度に記載せられ公知であるのみならず、同会社の有する特許第一三六九九七号特許権の特許発明と類似又は同種であり牴触するという理由で特許異議の申立を為し現に審査手続中である。申立会社は現在前記特許出願に係る発明の方式に基いて相当の設備を整え着々その実施に邁進しつゝあり、右発明は飽まで独自の創意に基くものであつて固より前記特許発明と牴触するものではないが、同種業者として、本件特許権の存続期間延長については重大なる利害関係を有するのみならず、その権利者たる東京通信工業株式会社は申立人等の発明の実施に対し飽迄特許権侵害を以て臨まんとする意思顕著なるものがあるから、本件許可処分の効力の存する限り申立人等は何時刑事上或は民事上攻撃の手段を受けるか予測し難い。かくては申立人等の事業の性質上その経営遂行につき受ける不安焦慮は一方ならず、本件許可処分の申立人等に対する効力を停止しなければ償うことのできない損害を避げることができない緊急の必要があるというのである。

而して、申立人等がその主張の事情の下において不安焦慮の念に駆られることは一応推察することができるけれども、現在申立人等が告訴により刑事上の訴追を受け又は民事上の訴を提起されているというのではなく、仮に刑事上の訴追を受け又は民事上の訴を提起されたとしても申立人赤井の特許出願に係る発明が果して東京通信工業株式会社の有する特許権の特許発明と類似又は同種で之と牴触するか否かの判断は申立人赤井に対する特許又は拒絶査定の確定をまたなければできない筈であるから、裁判所は特許法第八十三条により右刑事又は民事の訴訟手続を中止すべきである。従つて、申立人等の主張する事情のみによつては申立人等は単に不安焦慮に駆られるというだけで他に差迫つて何等か具体的な損害を受け又は受ける恐れがあると認めることはできない。かような事情は未だ以て行政事件訴訟特例法第十条第二項にいう償うことのできない損害を避けるため緊急の必要がある場合に該当すると解することはできない。よつて、申立人等の本件申立は理由がないものとして之を却下すべきである。

主文

本件申立を却下する。

(裁判官 松尾巖 鈴木盛一郎 井関浩)

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